
きのう台湾にやってきた。
Young Art Taipei2012にUSALYMANをつれてくるため。
台湾はなんていうか、おおきな中野みたいなところだ。
今日が搬入で、あしたがプレビューで、あさってから本番。
いい感触があればいいな。
こっちにつくと、台湾のギャラリーのベティちゃんとかが迎えにきてくれていた。
きのうは夜の台湾を散歩した。
街はごちゃっとしているけど、歴史的な建造物は西洋のそれのように
シンメトリーのどかっとした建物がおおい。
ボケーとしながら街をあるいた。
やることがあるせいか、妙にテンションはフラットのままで街をながめた
まだあまり風景や全てに感情を投げ出す事ができん
滞在がそこそこ長いので、まいにちすやすやねむって、
体に気をつけて過ごそう。
絵のことを、たくさん考えよう。
- 2012/05/10(木) 11:14:01|
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いろいろしてきた準備に加速の日々。
9日からYoung Art Taipei2012のために台湾へ。カタログも無事とどいた。
USALYMAN初アジア。
いろいろ手を回しづらかった子なので、いい流れにのせてあげれたら。
というかのせてあげないと。がんばろう。
Young Art Taipeiに出すあたらしいUSALYMANの新作は
BEAMS TでTシャツで発売しました。
絵自体はカラーですが、Tシャツのほうはちょっとデザインかえてます。
INFOのほうに最近の情報を載せたので、みていただけたらとおもいます。
いろいろかきたいこともいっぱいあるけど、
いろいろありすぎると逆に書けないのね
明日は取材のためにSilenceでおさかなを撮った場所へ行く。
ひさしぶりだ。
せっかくなので真反対のような写真を撮ってこよう。
作品はつくり、消化して離れていく。
もうあの写真の世界にわたしはいない。
いるけど全体の一部になっている。
そうやって歳を重ねてゆくのだとおもう。
- 2012/05/02(水) 03:04:27|
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今週は何点か絵を送り出す。
仕事の絵や作品の絵。部屋が一気に広くなる。
1月からやっていたのもあったので、
すこし感傷的になるも、半日もすぎればすっきりしたきもちに。
むしろ爽快。
いずれにせよ嫁にいくようなものだ。
わたしのしらないまち、しらないところで
願わくば愛されていてほしい。
世界に一枚の絵だ。
そのまま東京で打ち合わせのはしごをして直帰。
絵はおくりだしてしまうと手元にはなにものこらない。
しゃしんのように
ネガものこらず データものこらず
てもとに破片がのこるうれしさ
破片すらのこらない爽快さ
あしたはあたたかいらしい
きょうはとても寒かったから、
あした暖かくなったら、窓をあけて、
お部屋をそうじして、
床をみがいて、カーテンをお洗濯して、
あした晴れだといいなあ
マルメロの陽光のはじまりみたく、あたらしい絵の準備をしようとおもう。
- 2012/04/25(水) 14:40:08|
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きょうは絵、ひたすら絵、
工房からはUSALYMANのためにいつもとちがうインク注入してるのお知らせ
来週最終仕上げの確認。どきどき。
きょうは絵をかきまくって一日おわる
こころに絵がおいつかないとふわふわしてよくない
あせるなあせるな・・・
がんばれがんばれ...、
でもきょうは1週間くらいやっていた絵がようやく喋りはじめた。
ある程度いくと絵が勝手に喋りだす。
こころどーしろ、あーしろって
それは余白というシロが空間になった証拠
絵画面全てが絵にシフトした証拠だ
おいついてあげないと
がんばれがんばれ あせっちゃだめ!
どきどき 動悸がはじまる
あたらしい絵の打診をされた
いままでと比較にならないくらいのサイズだ
これをはじめたらむこう一年どっぷり絵だ
まだ返事ができない
自分をそれだけながくコントロールできるか、
どこかですごく不安なのだ
いずれそうなるにしろ、
具体的な絵図があるしゃしんのなんかとかがないと潰れてしまうだろうか?
神様は世界とぜんぜんちがうところで私を試すみたいだ
何もかもの流れから断とうとしてるみたいだ
しゃしんがあることがいつもこころの支えになってる 実際
カメラをむけたとき、空があり、街があり、
ヒトがあり、 眼をとらえたときの喜びが、
いつか還る現実が、猛烈に、カメラをもってないときも、お守りのように、愛しい。
- 2012/04/13(金) 12:03:14|
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きょうはUSALYMANの版画版をつくりに工房へ。
USALYMANはじめたころにくらべ、紙の質もあがり、
メディウムのコーティングなる種類もふえてるし、重ねられるシルクもおおくなってるし、
さらにそのうえにいろいろのせられるガラスだなんだとかもあって時代の進歩を感じる。
2006年ごろはほんとに外国版の紙の質はわるく、
出した傍からアクリルでカラーのスポットするのに待機していたくらいなのに驚愕です。
1月からこもってつくってた作品も無事これで次のステップにいけそうでちょっと安心、脱力。
おつかれさまでうなぎもごちそうになった。ありがたし。
うちあわせあとはたなかさんちでカタログのデータの細かな確認とステートメントの打ち合わせとかしてあっというまに夕方でTHE PHOTO / BOOKS HUB に移動。
土日表参道ヒルズの地下でのイベント。
わたしはBEAMSのブースから写真集Silenceと週刊あやこ100号置かせてもらっています。
おなじところに今道子さんの写真集があって、
わたしがはじめて買った写真集の写真家さんで、おなじブースに並べられている事になんだかしんみりする。
高崎の長沼さんにつくっていただいた週刊あやこのキャラノンちゃんもおめめとほっぺっを着色して生き物感でました。
きょうはうまい棒の差し入れもいただいてノンちゃんもうれしそうでした。

外にでられることはほんとうにすべてがキラキラしていて、
人にあえることは更にもうなんか、たくさんエネルギーをもらえる。
いま外に出る時間はとても限られていて、
そこであえる人や空気がなによりわたしの活力になっていてありがたい。
5月は台湾でUSALYMANの新作のお披露目。
それまで4月気合をいれて過ごして行けたらと思います。
- 2012/03/31(土) 02:53:25|
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先週は
TOKYOFRONTLINEというアートフェアがあり、
わたしは週刊あやこと、そのなかのキャラクターノンちゃんを出しました。
ノンちゃんはねことうさぎのこどもなんだけど、
今回まさかの立体化!ということで、
去年
写真展Silence@高崎でお世話になった、
長沼石材店の長沼さんにつくっていただきました。
石の彫塑ってどうやるんだろ~?というのを、長沼さんがブログにしたためております。
こうやってつくるんだ!! ぺぽー
長沼石材店 長沼さんのブログ 彫像しました-1- - ナガブログ

高崎はもともといつもあそんでもらっているタラコデザインがIC10とゆうフリーペーパーをだしているところ。
縁がつながり、写真展もでき、そしてノンちゃんも立体化することになるとは~
ありがたいです。
ノンちゃん、いろんなところにつれていけるようにがんばりますよ。
長沼さんありがとう!!
そして
タラコデザインの
IC10は新しい号が配布されはじめました。
vol.7はイラストレーターのヤマタクをモデルにいたしまして
高崎で探偵物語をやりました! 小説は剛がウンウンいってかいたのよん
大人のたのしい遊びになっているフリーペーパーの制作現場です
わたしはカメラマンとして参加しました。
高崎のいろんなところで、そして東京では青山ブックセンター本店でゲットできますよん
気合いの一冊なので是非みてください。

だんだんあたたかくなってきて、春がちかいね
みんなと自然がうごきだす春
いいな いいな、わたしもがんばろう!
- 2012/03/04(日) 17:23:51|
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春になるとどうやらいろんなことが開花するみたいだ
去年のいろいろも、
いろんな人がこっそりと次の芽をだしていくだろう
なにかがあったとき、
それがじぶんのすべてを立ち止まらせてしまって、
それがどんどんおいていかれるようなまわりとの乖離を生む
じぶんがすすめないことを、まわりのスピードが見えるたびに
それがあたらしい傷のように、
絶望的に苦しめる要因になったりする
それは長々と続く第二の闇になる
「それはそれ、これはこれ」といえるのは、
すごくいろんな意味で健康な立場から、
健康であることが前提に発する事ができることばだ
そこにいくまでには血反吐吐くような、苦しみがある
むかしほんとうのやさしさはなにか、という話をしてくれた人がいて、
そのひとはもげそうなひとの代弁者になるのではなく、
そのひと自身がじぶんでまたことばを取り戻すまで、
あらゆる手を使い、徹底的にひたすら後ろに影でありつづけることがやさしさだとはっきり言った
もう老人だったけど、 やわいことはあんまり言わん人だった
でもとてもしっくりきた
きょうはまどのそとはとてもまっしろの世界だったねえ
もうすぐ春だね
みんなに春がくるといいね
じかんと今年の春がみんなにことばをとりもどすきっかけになればいい まだむりかもしんないけど、
春はだれかをおいていくためではなく、
うしろにあたたかな腰掛けになるような、そのくらいのやさしい影になればいいと思ってる
- 2012/03/01(木) 00:57:02|
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生きていることと死んでいることを同等に見ていこうとすることはほんとうにむつかしいことだ。
多分不可能に近い。
今日は光市母子の判決で、
自分がずっと経過やらなんやらを自分なりにみてきた事件のひとつがこれで一応終わる
終わりではないけど、形が一つできる。
わりとちゃんといろいろ関心をもって読んだりしてきた事件は3つで、これが最後だけど、
それも10代からの自分の成長のタイムラインにこれが大きくなにか響いた故の関心なのだろうと今は思う。
もうすぐ震災は一年で、たくさんの人に同じようにすべて背景があり、
それが大きさでひとくくりにはなるものの、
ひとつひとつにフォーカスすれば一生かかっても読みきれない出来事の累積がある。
ベットの上で家族にみとられる死にもまたすべて背景があり、
毎年3万人自殺する人にもすべて背景があり、
膨大な背景は日常のなかを複雑に構成し響き合い加速し滅し流れていく
私も、
人を傷つけ、傷つけられ、傷つけ、 くりかえしくりかえし 生きている
来月で震災から一年で
私はきっと普段のように、絵をかいて、しゃしんをとって、
作品をつくって ごはんたべて ふろにはいって 寝てすごす
でもたくさん、あたまのなかでは考えると思う
わたしの日常を淡々と、作品をちゃんとつくってすごしたいと思う
できれば粛々と、ちゃんと、つくってすごしたい
じぶんの傾きのなかでの誠意について、考えると思う。
こたえがないから。
- 2012/02/20(月) 19:37:59|
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skive time / USALYMAN 2012
きょうはバレンタインだったみたいだ
なにもしなかったけど、
こういうの乗っかるのはとてもたのしそうだから
とってもいいとおもうんだよ!!!!
めんどくさいっていう人もいるけど、
いきてるのってたのしいなって思う人も、きょうはいっぱいいるもんだからナ
それでいいとおもうんだ
きょうもがんばって絵をかいた。
絵はちょっとづつしか続かないからイタいけど、
こつこつがんばろうっておもってるよ。
- 2012/02/15(水) 01:31:58|
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Smoking area / USALYMAN 2012
まいにち絵をかいて
きょうは撮影で
しぶやのまちをあるいていると、すべて幻みたいなんだ。
あしたからまた絵がはじまるよ。
丁寧に日々を絵と寄り添いたいです。
- 2012/02/06(月) 02:57:07|
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今週はひたすら絵をかいていて、
きょうは撮影帰ってきたあと、
仕事の写真のデータをさっさと整理し、なんとなく、絵をかいた。
なんとなく、の絵。あまりないけど。
描きながらすこしつかれてうたたねをした。
自分のなかにあるノイズを追い出そうとは思わない。
よりノイズがクリアになるように追いつめようとはおもうけれど。
芸は業の肯定と談志は言っていたけど、自分もそうだ
このまま傾きまくってなにも解決されなくたっていいのだ。
それを不毛だといわれてもいいのだ。
おそろしいけど、のたうちまわりながらもきっとそうなんだ
ちがうならジャーナリズムとか研究とか、
うん、それを選んでるはずだ。
それができない、とかではなく、それを選ばない、ということだ。
絵を描くといろんなおもいがわいてくる。
しゃしんのようにげんじつからなだれこんではこない。
圧倒されたり、対比してみたり、現実のせかいに所属するじぶんとして、外の世界からじぶんのなかに潜るようなことはしない。
ひたすら自分でクロールをしたり、時に浮かんだり、
時に沈んだり、ときにはしゃいだりする。
うっかりあっちの世界に行っちゃうヒトはそういうこった
きもちの上下変動はすごくはげしいけど、
じぶんは穏やかなうみで、つくっているよ。
でもそれがあっているなんて、口がさけても、言わないよ。
ただおだやかってだけだなあ。
- 2012/02/04(土) 22:36:43|
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きょうって豆まきの日かしらん・・・ まめ・・・
絵をびっちりと毎日描く。
絵を描いている間に頭が分離できるものとできないものがある。
いまはデキルほうの絵を描いているから、描きながらいろんな講義を聞いたりしている。
ナントカ学、ナントカ学・・
自分は芸術のエリアにいて、
そのなかでも勝手な自分の芸術に対する定義付けの中で生きているので
自分の定義とそれ以外 という認識。
でもそれ以外のところにいろんなものを発見する。
あたらしい発見ではなく、本質的な発見 自分と、創るものの中に宿るべきものの発見
そこに繋がって行くなにかを、
見つけたり、見つける手がかりのやり方を知ったり、角度を知ったり...
だってきっと全てはいつでもなんでも相対的なのだ
と、思ったり。
いろいろ描きながら聴講めいたことするようになって、
朝から描き始め夜10時くらいになると吐き気がしてくる。
きっとあたまの情報量がいっぱいになるからだ。
消化能力があがればいいのにとものすごい思う。
勉強したいんだ。
- 2012/02/02(木) 10:56:56|
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2,1
きょうもいちにち絵かいた。描きすぎると吐き気がする。でもあたまはパンパンのままだ。
1.31
今日は東京。ぽろぽろとうちあわせをしてふわふわしながらタラコにいく。
ちきゅうとうちゅうを観察、
うちゅうの転覆病はひとまずおさまってぽくぽく口をあけている。
うちゅうよかったね。
絵ばっかかいて運動不足なので、移動になるべく歩いてみる。
まちを見ながら。
たくさんの人、とうきょう
今日は茅場町から銀座まであるいてみたけど超近かった
な~んだ!
東京って広いのかせまいのかよくわからん。
あしたから週末まではまた籠ってひたすら描く日々
描いている間にネットで聞ける講義をかたっぱしから聴講している。
ネットで聞けるやつは概論がおおいけど、逆にいまはそれがよくて、
自分のなかのいろんな点を確認したり、
自分なりに頭の分布図を描けるかんじで心地いい。
それの肉付けやらもうすこしつっこんでいきたいとこは本に移行しようかとおもってる。
1,28
きのうの撮影のあと、帰りがけにしゃちょーと殺気のことをはなした
どんなにうまくても、
殺気みたいなのがないとダメだよねえ、と
へたくそでも、それがあると、魔法がかかるもんねえ、と。
いやーまったくもってそうだよねえ、と
一見ダサク見えるみえるんだよね、そーゆーの
でもそればかにする奴は
自分のほうがまっとうだという
自身の自己肯定のためにバカにするにすぎない。
偶発的に生まれる殺気にはビギナーズラックというものがある
でもそれなりにつくってきた時間もながくなってきた自分にとって、
コンスタントに創りだす殺気のほうに強く引かれるな。
そういう殺気はふしぎと、やさしい。
Natureですなあ・・ と
ギトギトの渋谷のまちをあるきながら考えるのであった。
1,27
絵のことをかんがえてた。
Silenceの八倍くらい追い込めばいいんじゃないかという結論にいたった。
- 2012/02/01(水) 23:40:29|
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オキライの一回目のしゃしんを編集した。
消化するのに半年もかかってしまった。
そんなものなのかもしんない。
二回目のしゃしんは、あれだ、文なのかもしんない。
でもまだこっちは時間かかる。
いずれにせよ、消化にじかんがかかる。大事な場所だからね。
一回行って一冊のちいさなブック
これが連なって一大叙情詩になるんであーる
いつかちいさなおうちをたてて、
はたけを耕して、すごしたらたのしそうだ。
きょうはぐるぐるとまちを散歩した
ゴダイゴベストの英語版を借りにツタやにいって、
CDをもって、カウンターのおねえさんに堂々と差し出すのであった
「‥これだと借りれません」っていわれて
意味が分からず5秒くらい思考回路が止まって、
手元をよくみたらツタヤのカードではなくブックオフのカードを出していた
「ツタヤのカードはありますか」「ありません!」とゆー会話をして
恥ずかしくて死にたくなったがそれはそれでいいのである
うちについたらすてきな絵の依頼のメールがきていて、
あんまりすてきだからうれしくてくるくるおどったら疲れてしまってお昼ねしておきたら夜9時だった 風呂をわかして湯船で読書。
寝ている間にものすごいいろんなことを考えていた
この世界にいるとヤバいところにいくのであるが、まだ大丈夫である
ここでギリギリのところまでつっこんだほうがよい。
そのうちピャーとしてハッ,そと!!!ってなるんであるからして
おふとんにはいってことりの鳴きまねをしてねよ
クルクル・・クルックー
本日の総括
→そういう日もある。
- 2012/01/27(金) 13:26:53|
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久しぶりに打ち合わせ三連発のため東京に行った。
中目黒、恵比寿、渋谷。
絵中心の生活は2月も続けられそう。作品のためにもありがたいことだ。
自分よりの絵のしごとが多く、感謝のきもちでいっぱい。
ひさしぶりの東京は暫く絵のなかにいたせいもあって、
凄まじい情報量で、なにもかもが刺さるようだった
さいしょはゆめみたいだけど、うちにつくころにはこころがいたすぎてぐったり
なみだぽろりん。
ゴダイゴの999聞いて少し横になり、深夜おきて、すこし絵をすすめてから寝た。
きょうはすっきりおきて、いつものようにするっと絵にダイブできそうなのをかくにん。
練習してきたスイッチは自分のなかで上手く起動しているみたい。
でもきのうの今日なので無理せず息を抜ことおもって、
午前中はすきな絵をいっぱいいっぱい描いた。
お昼このところの空き時間にじりじりと勝手に描いていた、
起喜来のリグリーンのひつじの絵と本を送るのに町にでて、ちょっと買い物をし、
帰ってきてすこしぼんやりとしながら、昨日渋谷で買ってきたフクシマ論を読み始める。
ばんごはんをつくってゆっくり家事をおわらせてから夜に、またダイブをはじめよう。
長丁場になるからね。
2月もそうやって過ごすんだろうなー。
- 2012/01/25(水) 16:47:48|
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だいたいのパターンがきまってきた。
朝9時から描くのをはじめて、12時くらいに一度休憩。
一時から四時までまた描いて、そのあとばんごはんと家事。
8時から11時までまた描いて、休憩。
1時から3時まで描いて、寝る。
http://www.nippon-camera.com/日本カメラのあたらしいのがでた。
特集にはじめて絵をつかってもらった。
特集扉とカット、作品でなくて仕事だけど、
日カメに絵をのせた・・・写真家だけど‥‥。絵・・・。
写真家としてのせてもらった去年とはべつの感慨があるです。
絵としゃしん、わたしのりょうほう大事なもの。
なんだろう、写真家だから写真で写真雑誌にのる可能性はまっとうなことだし、
写真やってる自体が乗る可能性でもあるし、当然といえば当然なのだ。
もちろんうれしいのだ。正道だし。
写真雑誌に作品や言葉がのることは、ありがたいことだ。
でも正道だ。
写真と絵を平行してやっていたことで、いろいろ遠回りしたり、
誤解をうけたこともあったけど、
こうやって、写真雑誌で扉絵をもらえるようになったことは、
じぶんをいちばん認めてもらえたかんじがする。
なにより絵で写真雑誌につかってもらうっていうのは、
パイオニアしているようでたのしい。
別な意味で。
だってわたしはひねくれものなの。
地味に少しずつなにかが変わっていくことはおもしろい。
じみーにじみーに。
おもしろい!っておもえることやるのがなんだっていちばんおもしろい。
きょろんきょろん!
ふしぎをいっぱい!つくりたいんだ。
- 2012/01/23(月) 11:33:22|
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絵をかいているといちにちはあっというまです。
朝は9時から開始で、あっというまに昼がきて、あっというまに夜で。
描いているあいだはたくさんいろんなことをかんがえている
記憶のうみを旅するみたいだよ。いつもよりもたくさんなにかを考えているけど、
フシギとわすれてしまうんだなあ・・・
来週は火曜日に東京。
やっぱり1日は打ち合わせなどで東京にでることになるなあ
三日くらいなんとなく、なんかが尾をひくのだよなあ
ぞわわわわっていうかんじだなあー
ふむー
絵は順調で、とても描いていてぐうーって、しんみり、生きていてすばらしい!とおもう
夜になると胸がいっぱいになって、
うれしくなって、ああ絵が描けるなんてなんてすばらしいだ!っておもう
ありがたいなあ。
ひとりでゆっくりと考えを紡いでる
来週のせっかのおでかけの日は東京だからフクシマ論を買ってこようかとおもっている
まわりでおもしろいように評価がまっぷたつにわかれている
コミュニティについてつらつら考えながら絵の具を溶いてる
あのまち、このまち。
うまいみそもさけも熟成なのだ
わたしもじっくり考えて、ていねいに絵をかく。
- 2012/01/22(日) 20:13:13|
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春までは集中的に絵にむきあおうとおもって、
1月半ばから巣ごもりをはじめた。
おうちでずっと描いているものだから、外のてんきはあまりかんけいないけど、
先日はひさしぶりにさいたまにも雪がふり、
外からのおとがなくなる
ゆきはまちをしずかにするなあ
おとがない、しずかなおとが、するなあ
まどのそとはとてもとうめいで、その感覚がお部屋のなかでもわかるから、
絵を描いているととても心地いい。
そういうふうにして絵が描けると、とても胸がいっぱいになる。
絵はじっと、籠って描くけど、写真よりもせかいがひろいことがひょんとわかったりするのだ
感覚的にだけど、すごーくすごーくひろいことがわかる。
めまいがするくらいにそのひろさに唖然としてしまうことだってある
しゃしんで感じる「ひろさ」 それはげんじつなのだけれども、
絵のひろさのほうが、よっぽど現実に近いと感じるときがある。
世界に自己を溶かして行く感じだ
わたしはどんどんこまかくなって、しまいには粒子になって、くうきになる
ゆきの日はそういうのが感覚でわかるから、
たまのゆきの日はとても愛しくなるんだとおもうなあ。
- 2012/01/21(土) 18:40:36|
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きょねんわたしは初めて弟子たるものをとりました。
イトウというぜんぜん絵がうまくない子なんですが、自分なりに絵をおしえたりした
正直劇的に絵がうまくなりはしなかったけど、心根のよい男の子なのよ
ということでそんなイトウに去年せっせと尻をたたいていたイトウのつくる
週刊イトウ、
webコンテンツなのですが、今年も続けております。
わたしは創刊からマンガを描いていたけど、
ちょっと作品に集中するんでちょっと暫くおやすみすることになりました。
でも週刊イトウはこれからも続くので皆さんみてやってください!
今回は岩手の起喜来の片山和一良さんがインタビュー特集にでてますよ
起喜来にわいちくんがいたことがわたしにはとってもおおきな出来事でしたねえ
ボランティアなんちゃらってよりも、ここに通いたいとおもわせてくれた最初のひと
すげー面白い人。
是非読んでください!
週刊イトウはバックナンバーも読めます。
他にも100才で現役コーヒー屋さんの安藤さんや、
いつも作品でお世話になっている BEAMS Bギャラリーの藤木さん、
バイオリニストのしずかちゃん、わたしもインタビューに出たりしてるので、
トイレにこもるときとか電車で退屈したときに暇つぶしてくださいです。
週刊イトウ http://www.hiranorin.com/weekito/
- 2012/01/19(木) 17:24:38|
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去年の半年以上の時間を自分史上最長に外界に接して来れたのは間違いなく
ツイッターのおかげだった 間違いない。
それだけあれは安易で無責任かつ的確でありやさしく残酷なツールで。
ムダがないてのはそういうことだ。
おかげで間髪いれずムダな要素いっさい省いて直接つながった縁も多々あった。
それらは遠い星からの拡散しないビームを直接くらったみたいに
ほんとうにするするうまくいった。
ほんとうに。
でも、変化がないんだ。
熟成がないんだ。
多くの人はそこにすばらしい折り合いをすでに見いだして
しかも驚くべき事に最初から実行できているのであった。
世をうたかたといってしまえば至極全うなツールだけど、
資料だ情報だなんだととどめておけるほど私もまったくもって強かないのである
ぷわーーーーーーー
仮額を買ってきたので絵にはめてみる
茫漠としたどうしようもない個がアホみたいにまるだし
嗤ってしまうけど、そこに思想の圧縮がある
還る場所ってやっぱ遡ってしまうのね。
絵の具をいっぱい今日は買った。
絵をかくのは本当におそろしいことだ。
- 2012/01/18(水) 20:26:47|
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あけましておめでとうございます。
去年の5月からぐるぐるとまわっていた地方巡回展も一段落して、
お正月は地元ですこしゆっくりしてから、岩手の起喜来にいきました。
去年、ご縁をいただいてからかかわるようになり、
今回は二度目の訪問でした。
起喜来に行くことはわたしにとっては、お手伝いという以上に、
自分の充電にものすごくなっている。
ずっとものをつくっていて、得体の知れない息苦しさが正直あったけど、
それがなくなる土地なのです。すごく。なんだろ。
被災地であるとか、そういうくくりで見るのではなく、
そこに暮らす人が、すきなのだとおもいます。
震災からもうすぐ1年になり、すこしずついろんなことが動いています。
道のりは実際まだまだ長いと言わざるをえないけど、
上手く言えないのだけどなにかものすごく希望の光がある土地なのです。でもそれが感覚で、理解できる気がする
うまくいえないけど、作品ととても似ている。
始まりのくうきがある。
去年の出版と展覧会が震災直後であり、そのあとの巡回展や、
いろいろなところでいただいた感想などは、自分にとってすごく考えさせられるものがありました。
Silenceはライフワークとしてじっくり発表していこうとおもっているけど、
それの意味や、文化の意味や、芸術のこと、コミュニティのこと、
総括して考えるようになったのは、明らかに震災に起因することであり、
そこから得た新たなひとたちが教えてくれた事だと思います。
ことしも機会をみつけて、考えて、訪れて、したいとおもう。
純粋にすきな場所だから。
芸術でどうやって土地にかかわっていくかということはこれから先、
ずっと試されてゆく使命なのではないかと思っている。
日本で作家活動をするということは、そういうことにどうやってむきあって行動するのか個人単位で試される
ことでもあるのではなかろうか。
べつにものすごいことをしなくてはいけないとか、そんなことではなくて、
人間にとって、文化がどういうものであって、
どういう支えであって、どういう役割であったのか、基本的な部分を見つめることを忘れないでいきたいです。
それで粛々とすなおに作品をつくり、発表していけたらいいと思っています。
本年も宜しくお願いします。
- 2012/01/18(水) 00:15:42|
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わたしはたぶんさくひんのためにいきている
相当の限界まで、さくひんのために生きるのだと思う
「芸術」とゆー観念は、そのくらい私にとっては呪いのようで呪縛のようで
でもそれがあったから、こうなれたようなもので
ときどきそれがとてつもない罪悪感を生んだりする
息をするようなもので。
だから創ることは、ブレたり、ずれたり、それはどうしてもできない
自分を形成した核にたいする創るの方針はどうしてもかえられない
かえられない これは本気でそうだ。理解ができない。
がんばれば、とか、考え方のもんだいで、とかそんなはなしじゃない。
あたまでっかちで、とか、ちがうの、そんなことじゃない
これは呼吸の問題なのだ。生理的なことで、どうぶつてきなことだ。
ただ、創るさきに、なにを設定するかは、考える事が出来る。
創ることが、繋がることになればいいとおもっている
そういう設定をすることが、じぶんの宿題なのだとおもっている
けっこう一日一度は思い出す
そういう宿題をおしえてくれたことがことしはいっぱいあった
ですので、わたしはこれでいいのだ。
わたしの本質をじっとみてくれているひとがいて、
それに応えたいとおもっている
創るさきにあることだよ。
- 2011/12/19(月) 21:47:38|
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18日から最終日までの在廊がはじまりました。
きのうは日曜日ということもあって、
はじめての方や、リピーターの方がたくさんいらしてくれました。
在廊している間は絵をかいたりしているけれど、
すごくおちつくのね、この空間・・・・。。
地元のいろんな方がいらしてくれて、すきにお話をしていってくれます。
今回はたくさん差し入れをいただいたので、
わたしもバナナケーキをやいてもっていきました~
ほかにもみなさんからいただいたおまんじゅうとかありますんで、
どうぞお菓子たべにいらしてください。
お待ちしております。
- 2011/12/19(月) 12:48:32|
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きょうはタラコデザインでSilence山名八幡宮写真展の3日のイベントに協力してくれた
東京チームのみんなとおつかれさま会をしました。
高崎からも、高井さん、舘野さん、しおちゃんがきてくれました。
すごい時間の短いなかで、みんなの協力があって、イベントをすることができたし、
あの日にたくさんのつながりがうまれたと思います。
展示はもうたくさんいままでしてきたけれど、
ほんとうに久しぶりに感動した日でした。
ことしはほんとうにいろいろなことがあって、
考えさせてもらえる機会をたくさんいただいた年になった。
創ることの他にも、なにができるのかとか、
創った先に、自分はなにを求めて、なにをすべきなのか、
なにを還元していくのか
たくさん考えることがあった。
展示をたくさんこなすことは、直接人とのかかわり合いになるので、
学ぶ事がほんとうに多いです。
よかったよかった。。
山名八幡宮展示は22日までになります。
わたしは18日から最終日の22日まで、在廊いたします。
みなさまお時間あったら、どうぞあそびにきてください。
宜しくお願いいたします。
- 2011/12/15(木) 18:56:43|
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先週土曜日は山名八幡宮のイベントでした。
前日からの雨で、気が狂ったように天気予報を見まくっていましたが、
当日は開始時間ギリギリに雨もあがり、無事に外でのプログラムをすることができました。
たくさんの地元の方、そして東京や、さいたま、新潟からも見に来てくださる方もいました。
そして
熊谷くんとエンジェルダンスパレスのみなさん、
演奏してくれたしーちゃんミキティ、雅楽の演奏してくれた斉藤さん、
見ている人たちの目がまんまる、キラキラしていた。それをみれたのがほんとにうれしかった。
きてくださるみんなの祈祷祭をしてくださった山名八幡宮のみなさん、
おばあちゃんがすごくよろこんでくれてました。
映画上映してくれたシネマテークたかさきしおちゃん、
すてきな映画をありがとう。みんなリラックスしてほんわかみてたね。
トークショーまわしてくれたBギャラリー藤木さん、
バラバラの話をうまくまわして笑いをつくってくれてありがとうございます!
USTりんくんとハイキングイトウおつかれさま!
お食事つくってくれたすもの食堂さん、モンスーンドーナッツさん、ジャム猫さん、
おいしくいただきました~
お花を会場のいたるところにいけてくれた愛ちゃん、
すてきな空間になりました~
当日お手伝いに駆けつけてくれた高崎のみなさん、
ほんとうにありがとう!
そしてそして高井さんをはじめとする山名八幡宮のみなさん、ありがとうございました!
そしてそしてそして企画をしてくれたタラコデザインのみんな、ほんとうにありがとう!
サイトをつくってくれたなかむらくん、似顔絵たくさんかいてくれたアッキー、ふじもっちゃん、山田くん
いいおとうさんしてくれたたおき、テラオに感謝~
すごく一体感のある、いいイベントになりました。わたしは感動しました‥
年齢層も幅広く、じもとの方にたくさんきていただけたのがとてもうれしかった。
なによりとっても、ほっこりしてました・・。
今回の種まきが徐々に大きくなり、すてきな木になるように、
皆でそだてていけたらいいなと思っております。
トークショーの様子はUSTでみれます。よかったらみてください。
芸術とメディア/コミュニティ論になり、地元の方も参加して、けっこう深くお話がまわったと思います。
第一部http://www.ustream.tv/recorded/18896613第二部http://www.ustream.tv/recorded/18897370今回の巡回展はいちばん沢山の方とかかわり、創ることができました。
みんなのできることをすこしずつもちよって、
みんながにこにこすることができたのがとてもうれしかった。
文化がコミュニティに還元していくことをする、というのは私の表現活動の先に設定しているとても重要なテーマです。
これからも地道にこつこつ、できたらいいとおもっています。
素敵な一日をありがとう!
写真展は22日まで開催しております。わたしの次の在廊日は8、9日です。みなさまどうぞ宜しくお願いいたします!

- 2011/12/06(火) 11:17:01|
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明日から2、3、4日と山名八幡宮に在廊予定..の中村紋子です。
3日はいよいよイベント。東京のなかま、高崎の皆さんと、
手探りで、創ってきました。いい一日になればいいとほんとおもってます。
そのためにはまずアメバイバイ!! アメ!!!
てるてる坊主に願いを託します。。
三日、昼の部、夜の部と一日ありますので、お時間ありましたらぜひ!
イベント詳細はこちら☆http://ic10.jp/silence/event.html
- 2011/12/01(木) 22:41:58|
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今年最後の
SIlence巡回展@群馬高崎/山名八幡宮がはじまりました。
みんなの協力のおかげで、だんだん自分の理想にちかいイベントになってきた、、、ありがたい。
地方巡回展をすることは自分にとってすごく震災後考えたことの実行なので、
少しずつでも、回を重ねて前進していけたらいいとおもってる。
山名八幡宮では神楽殿で展示をしているのですが、
そこに神楽の方がつくっただるまちゃんがいて、それがとってもかわいい。
さくひんをみまもってくれている妖精みたいで、とってもすてきだ。
つくった方に早く会いたい!!
そして
SIlence巡回展@群馬高崎/山名八幡宮では特設のサイトもあります。
今回この展示を企画運営してくれている
タラコデザインのみんながつくってくれました。
どうもありがとう!
作品のこと(特設サイトの中にスペシャルコンテンツがあります)とか、裏での作業日誌として
高崎ジャーナルというコーナーがあるので、よかったらみてください!
また
12/3にはイベントもあります。
わたしのだいすきな表現のなかまをあつめました。
地元高崎の方と、たのしんで、よい一日になればいいとおもっています!
ダンス、コンサート、神社のみなさんと神楽のみなさんの祈祷と、映画上映、
最後はご参加いただいた皆様とまった~りトークショー予定しております。
ほっこり、すてきな一日になりますよう、東京のみんな、そして高崎のみなさんと準備しております。
お時間ありましたら是非、あそびにきてください!
☆SIlence巡回展@群馬高崎/山名八幡宮特設サイト☆
- 2011/11/30(水) 03:41:19|
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ついに写真展の広告が吊り広告になって上信電鉄に・・・感激です。..
ここまでやっときた。。ほんとうにうれしいよ。
Silenceの巡回展が次は高崎にいきます。
いまはちょうど準備で大詰め。
SIlenceは発表してから、東京、大阪、新潟、長野、とたくさん巡回させてきました。
自分なりにことしはいろいろ考えることがあって、
巡回展を地方でがんばろうとおもったのも、そういう気持ちからです。
今回の高崎の展示は今までで一番地元の方にも協力していただいており、
イベントも開催します。
皆様にあそびに気ていただけたらと思います。
芸術は、人を繋げる力があるとおもっていて、
なんだかわからない、得体のしらない力で、繋げる力があるとおもっていて、
それをコミュニティの中でどうやって生かしていくかを、震災後すごく考えるようになった
建築とかはそれにすごく瞬発した適応力があるけれど、
写真と絵をやる自分にとっては、他のジャンルの方の力も借りながら、
「繋げる」力を増幅できるとおもっています。
自分の理想のアウトプットの形をこれからは創ると同じように、
考えていけたらいいし、高崎展示とイベントは、今年最後の巡回展の仕上げとして、
いままで学んだことと、自分のだいすきなみんなと、尊敬するアーティストのみんなと、
地元高崎のみなさんと創っています。
どうぞ宜しくお願いします。
infoページにそれぞれ
展示と
イベントの情報アップしてあります。
また高崎展示の裏舞台を
タラコデザインの寺尾クンが高崎ジャーナルとしてアップしてくれてます!
よかったらそちらもみてくださいです!
- 2011/11/23(水) 23:33:32|
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まいにちこつこついろんな作業して、
いろんなことを考えてる。
もう大げさにやたらめったらな時代はおわった。
方法とカテゴライズは意味がない。でもそれも本当はずっと前からだ。
それが現実と、あらゆることとリンクしはじめただけだ。
すべてのことは相対的に、小さなものにも宿っている。大きなものも、またそうだ。
なにもかも絶対的に見すぎてきただけなんだ。だから、いまは自由。
自由はたくさんのふあんをはこんでくるけど、
居場所を自分で決めたら、きっとあたらしい自分にみんな出会う。
SIlence巡回展@群馬 高崎は山名八幡宮の準備を毎日こつこつしている。
地方巡回展でいちばん多くの人が関わってくださる。
美術館でもない、ギャラリーでもない、
むかしからずっとじもとのひとのそばにいたかみさまのおうち。はじめての場所。
うまくこんにちはを言って、大好きな仲間を連れて行って、
土地のあたらしく繋がるたくさんのひとたちと、あたらしい種を蒔けたらいちばんいい
それがいちばんいい
そうやってなにかが育って、成長して、できれば木に育てたい。大きく永く生きてくれたらいい。
それもいつかは、衰えていく それも、何度もみたはずだ。神様は。
神社だってそうだ。800年ってそういうことだ。
だからわらってわたしのこともきっと見てくれているはずだ。
それでいいよって見てるはずだ。
みんながワクワクして作業して準備してくれている。ほんとうにうれしいの。
きょうはその次回展示を仕切ってくれているタラコデザインで作業。
タラコにはちきゅうちゃんとうちゅうくんっていうきんぎょがいる。
きょうはこのコは俺の手からえさを食べる、と社員テラオが言い張るので、
みんなでじゃあやってみろってんでそれを観察した。
水槽の中につっこんだ手の中でえさが一つぶ
ちきゅうもうちゅうもテラオの手のえさはフフフンの無関心でヒラヒラ泳いでいた。
ヒラヒラちょっと早めに泳ぐときのちきゅうとうちゅうはほんとかわいいの。
すごくかわいいんだ。
あしたもやることもりだくさん。
わたしはわたしに、できることをする。
- 2011/11/07(月) 23:33:54|
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いまは長野の松本、サロン アズ サロンで展示しているSilenceですが、
次は群馬の高崎。先日は下見にいってきました。
展示させてもらうのは山名八幡宮です。
ギャラリーとはちがうところで、自分の尊敬するひとたちをリレーさせるように、
その土地その土地の人と繋がりをもっていけたら、
時間はかかっても作品のためにもいいのではないかというのは今回の三部作ではとくにあって、
時流にながされないように創ってきたものでもあるので、
大事にそだててあげることについて随分いままでとはちがうやり方を考えてきました。
正直とおまわりかもしれないし、気を衒っていると思われるかもしれないけど、
出す所までの自分らしさも創る事の延長として、模索したいのであります。
高崎はIC10という高崎を応援するフリーペーパーがあって、
それにカメラマンとして何度か撮影をして、作家としても自由にやらせてもらっていた媒体だったので、
高崎でのSilence巡回展は、このさきの展示の、
自分の在り方の原型をきちんと認識して実行できるようになればなあとおもってる。
自分にとって芸術は、ずっとずっと、宗教とおなじように、
いつでもなにがあっても傍にいて、離れない存在。
許容してくれる存在。
「傍にいく」という在り方を、自分らしくつくりあげることは、
創るそのものと同じように大切なことだとおもっています。
考えたり、学んだり、たくさんの人と繋がったり、
しなければならないことはたくさんある。
大きな時流やメディアにのるというのも速さという意味では大いなる手だし、
でもそれとは別に、育てていくようなやり方を、震災後は特に意識するようになった。
独りで創っていたころとはまったく別のアウトプットにおいての創作
来てくれる人や、参加する人、なにか遺せるような日を創りだすことを、
焦らないで、やりたい。
自分を信じてる。
- 2011/10/31(月) 22:09:47|
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